『恋愛片側通行(サンプル)』



「はい、どうぞ」
「おう、サンキュー」
 寮長が淹れてくれたお茶を受け取る。寮長も自分のお茶を持って席に着いた。
「よっこいしょ」
 相変わらず掛け声がおばさん臭くて、そのことにちょっと安心した。
 寮長室で寮長と二人、のんびりとお茶を飲む。まったりとした空気がいやに心地いい。
「はぁ、落ち着くわねえー」
 寮長も同じことを思ったらしい。それだけのことで妙に心が浮き立つから不思議なもんだ。
「なんか発言が年寄りみたいだな」
「うわ、失礼ねー。これでもピチピチの花の女子高生よ」
 寮長が胸を張るが敢えてばっさり切った。
「どっちも死語だな。反論して逆に証明してしまうとは、やるなぁ」
「……棗くーん、女の子に対する気遣いが足りないわよ」
 ジト目で睨まれた。が、全然怖くない。睨んでるつもりなんだろうが、むしろ可愛いってのは本人的にどうなんだろうなとふと思った。もちろん俺としては大歓迎だ。
「悪い悪い、おまえ相手だとついな」
「それ、全然うれしくないんだけど。棗くんって本当……はぁ、いつものことか」
「わかってるじゃないか」
 他の女子だとこうはいかない。だから寮長との会話は楽しい。
「棗くんは得意気にしないっ」
「っと、了解」
 さすがにちょっと調子に乗りすぎた。いつもの悪い癖だな。
「それにしてもさぁ、驚いたわよね」
「うん?」
「かなちゃんたちがってこと。わからないものよねー」
「あー、まあそうか?」
 あいつらがくっついたのがそんなに意外だったか?
「あれ? 棗くんはそうじゃなかったの?」
 俺としてはそこまで意外でもなかったんだが。
「確かに驚いたけどな。思い返せば納得できる部分も多かったし、わからないでもない」
「微妙な表現ね……。でもそっか、棗くんはわかってたんだ。うーん、私の見立てでは違ってたんだけどなあ」
 こいつ結構鈍いところあるからなあ。……自覚ないんだろうな。
「あーあ、後輩に先を越されちゃったなぁ」
 ……え?
「おまえ、あいつのことが好きだったのか……?」
 そんな、嘘だろ……? ショックがでかすぎるぜ……。理由はやっぱりあの筋肉か? 筋肉なのか? ヤバイ、このままだと筋肉に目覚めちまいそうだ……。
「え? って違う違うそういう意味じゃなくて、単に自分より先に彼氏ができたんだなーって思っただけよ」
「……へ? あ、なんだそういう意味か。ふぃー、マジで驚いちまったぜ」
 これで筋肉に目覚める心配はなくなった。
「そんなに気にするようなことか? 別に先を競うようなことじゃないだろ」
「そうは言っても、なーんか取り残されちゃった感があるのよねぇ」
 思わず苦笑いが浮かぶ。確かにいつまでも先を越されたままじゃいられないよな。
「なんだ、そういう相手がいたのか?」
「……棗くん、知ってて言ってるでしょ? いないわよ、どーせ。悪かったわね」
「おいおい、拗ねるなよ」
 寮長がふて腐れてしまった。
 でもそうか、いないのか。そうだな、ここらが決め時かもしれない。俺も覚悟を決めるか。
「よし。なら俺たちも付き合うか」
 ついに言った。言ってしまった。
「ぷっ……あははは、何言ってるのよ棗くんってば」
 寮長は一瞬きょとんとすると大笑いした。なにゆえ?
「おいおい、笑うことないだろ」
「いやー、だって」
 笑いすぎて目尻に涙まで浮かべてる……なぜだ? どこにそんなウケる要素があった?
「あの棗くんがそんなこと言うなんて……あーもう、笑いすぎて涙出ちゃう」
 なんか冗談抜きで流されてないか? マズイな……。
「私だったからいいけど、他の子が聞いたら本気にしちゃうわよ?」
「いや、本気にしていいぞ」
 むしろしてくれないと困る。
「そんなこと言ってると、意中の子から軽いって思われるわよー?」
「何言ってるんだ。俺はいつだって本気だぜ」
 あくまで真剣に告げる。
 寮長がゆっくりと息を吐いた。どうだ? 伝わったか?
「……あのね棗くん、からかうのも大概にしないとダメよ」
 これっぽっちも伝わってねえっ!? ええいっ、こうなりゃヤケだ!
「俺、前からおまえのこと好きだったんだけど」
「言っておくけ……ど、え?」
 近付いて、もう一度念を押すようにはっきりと告げた。
「だから、俺はおまえのことが好きなんだよ」
「えっ……あ」
──ガチャン!
 落ちた湯呑みが割れた。
「大丈夫か?」
 反応はないが、やけどはしていないようだった。とりあえず手に掛かってないのを確認すると、先に床に落ちた湯呑みの破片を拾おうとしゃがみ込んだ。
「よっと」
 バラバラだなこりゃ……修復は無理か。
 不意に後ろからガタッと席を立つ音が聞こえた。
「ん?」
「ご、ごめんね棗くん!」
 振り返るとあいつが寮長室を飛び出すところだった。
「……あれ? これって俺、振られたのか……?」
 一人になった寮長室に俺の言葉がむなしく響いた。

────────────────



戻る

inserted by FC2 system